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俺ぁ猫だ。名前(なめぇ)はまだ無(ね)ぇ。
どっかで生まれたかさっぱり見当つかねぇ。んんでも薄暗(ぐれ)ぇとこでニャンニャン泣いてやがったこたぁ記憶してんのな。俺ぁここでお初に人間てやつを拝見したのよ。しかもあとで聞いてみりゃそいつぁ書生っちゅう人間の中でも飛び抜けて"わる"な種族っつうじゃねぇの。この書生ってぇのぁ時々こちとらの者(もん)を取っ捕まえて煮て喰っちまうって話よ。けどそん時ゃ何てもんもねぇしべっつに怖ぇとも思っつかなかった。ただそいつの掌(てっぴら)に載せられてスッと持ち上げられた時ゃフワフワってぇ感じがあったばっかだな。掌の上でちっと落ちついて書生の面(つら)を見たんがいわば人間ってやるの見っ始(ぱじ)めかねぇ。こん時臭せぇもんだと思った気(け)が今でも残ってやがる。第一(でぇいち)毛ってもんで粧(めか)される面がつるっつるってこりゃ薬缶じゃねぇのか。その後猫にも腐るほど逢ったけどんな者(もん)にゃこれっきり出会(でかぁ)したこたぁねぇな。しかも面のまん真ん中なんてすっげぇ出っ張ってやがる。んでその穴(けつ)んとっから時にぷーぷーってな具合で煙なんて吹きやがる。しっかしまぁ咽せちまって本当(まじ)でお抱えもんよ。こいつが人間の飲む煙草ってぇのはやっとこ今んなって知ったわけよ。
この書生の掌ん裏(ち)じゃちっとばかしいぃ気してちょんとしたけど、薮棒にこりゃえれぇ速さで運転しっぱじめたわけだ。書生の野郎が動くのか俺ばっかが動くんか分かんねぇけどこれまたすげぇ目ん前(めぇ)が廻っちまう。胸屎(むなぐそ)悪(わり)ぃ。てんで助かりゃしねぇやって思ってりゃ、どさりって音がして目が火が出たんよ。そこんとこまで記憶してっけどあたぁ何ちゅう事かいっくら頭ん中引っ掻き回しても分んねぇ。
江戸言葉で「吾輩は猫である」(夏目漱石)でした。
読みやすかった?あぁ、そうでもないか。
"吾輩"が随分と横柄な性格に見えますね・・・。
ま、江戸言葉ってぇのはこんなもんよ。
どっかで生まれたかさっぱり見当つかねぇ。んんでも薄暗(ぐれ)ぇとこでニャンニャン泣いてやがったこたぁ記憶してんのな。俺ぁここでお初に人間てやつを拝見したのよ。しかもあとで聞いてみりゃそいつぁ書生っちゅう人間の中でも飛び抜けて"わる"な種族っつうじゃねぇの。この書生ってぇのぁ時々こちとらの者(もん)を取っ捕まえて煮て喰っちまうって話よ。けどそん時ゃ何てもんもねぇしべっつに怖ぇとも思っつかなかった。ただそいつの掌(てっぴら)に載せられてスッと持ち上げられた時ゃフワフワってぇ感じがあったばっかだな。掌の上でちっと落ちついて書生の面(つら)を見たんがいわば人間ってやるの見っ始(ぱじ)めかねぇ。こん時臭せぇもんだと思った気(け)が今でも残ってやがる。第一(でぇいち)毛ってもんで粧(めか)される面がつるっつるってこりゃ薬缶じゃねぇのか。その後猫にも腐るほど逢ったけどんな者(もん)にゃこれっきり出会(でかぁ)したこたぁねぇな。しかも面のまん真ん中なんてすっげぇ出っ張ってやがる。んでその穴(けつ)んとっから時にぷーぷーってな具合で煙なんて吹きやがる。しっかしまぁ咽せちまって本当(まじ)でお抱えもんよ。こいつが人間の飲む煙草ってぇのはやっとこ今んなって知ったわけよ。
この書生の掌ん裏(ち)じゃちっとばかしいぃ気してちょんとしたけど、薮棒にこりゃえれぇ速さで運転しっぱじめたわけだ。書生の野郎が動くのか俺ばっかが動くんか分かんねぇけどこれまたすげぇ目ん前(めぇ)が廻っちまう。胸屎(むなぐそ)悪(わり)ぃ。てんで助かりゃしねぇやって思ってりゃ、どさりって音がして目が火が出たんよ。そこんとこまで記憶してっけどあたぁ何ちゅう事かいっくら頭ん中引っ掻き回しても分んねぇ。
江戸言葉で「吾輩は猫である」(夏目漱石)でした。
読みやすかった?あぁ、そうでもないか。
"吾輩"が随分と横柄な性格に見えますね・・・。
ま、江戸言葉ってぇのはこんなもんよ。
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問題。
次のうち、江戸時代に無かったものはなんでしょう?
一、納豆
二、牛乳
三、拉麺
四、お萩
答えは、二、牛乳。
納豆は実を言えば平安時代に既に原形が出来ており、江戸時代では既にありました。
当時の納豆はただの豆で、糸引き納豆は明治時代以降。
拉麺(ラーメン)は黄門・水戸光圀公が日本で最初に食べたとされています。
お萩(ぼた餅)は鎌倉時代からあったもので、江戸時代では庶民でも買える甘菓子でした。
江戸時代には牛乳を飲む習慣はありませんでした。
むしろ「牛の乳なんか飲むの!?うげぇ〜。」って感じだったそうです。
というより牛は乳牛ではなく水牛などの農作用だったからです。
チーズなんかも当時ではかなりウケが悪く、
明治後期になってようやく普及するようになったとか。
日本では長い間牛乳を飲む習慣が無かったため、
日本人は体質的に牛乳でお腹を下す人が多いそうです。
次のうち、江戸時代に無かったものはなんでしょう?
一、納豆
二、牛乳
三、拉麺
四、お萩
答えは、二、牛乳。
納豆は実を言えば平安時代に既に原形が出来ており、江戸時代では既にありました。
当時の納豆はただの豆で、糸引き納豆は明治時代以降。
拉麺(ラーメン)は黄門・水戸光圀公が日本で最初に食べたとされています。
お萩(ぼた餅)は鎌倉時代からあったもので、江戸時代では庶民でも買える甘菓子でした。
江戸時代には牛乳を飲む習慣はありませんでした。
むしろ「牛の乳なんか飲むの!?うげぇ〜。」って感じだったそうです。
というより牛は乳牛ではなく水牛などの農作用だったからです。
チーズなんかも当時ではかなりウケが悪く、
明治後期になってようやく普及するようになったとか。
日本では長い間牛乳を飲む習慣が無かったため、
日本人は体質的に牛乳でお腹を下す人が多いそうです。
お久しぶりの江戸を知る!のコーナーでございます。
「江戸」というのは日本の面白い文化が凝縮された時代でして、いわば日本文化の集大成ですな。
ところで、時代劇でよく耳にする「百両」とか「十文」とか・・・
結局いくらなんだ?と思った事ないですか?
今回はそれを解明します。
江戸時代の通貨は、「西の金、東の銀」といいまして、
京や大阪では金が、江戸では銀が主流で使われていました。
また江戸時代で使われていた金貨、銀貨、銭貨を「三貨」と言います。
江戸庶民は銭貨が一般的で、銀貨を使うのは商売や役人など。
金貨→両、分、朱
銀貨→貫、匁(文)、分、厘
銭貨→貫、銭(文)
江戸初期では一両十万円ほどの価値があったので
これを元に現在の貨幣価値に直してみましょう。
金貨(1両≒4分≒16朱⇔4貫≒4,000文)
一両 = 100,000円
一分 = 25,000円
一朱 = 6,250円
銀貨(1貫≒1,000匁≒10,000分≒100,000厘)
一貫 = 25,000円
一匁 = 25円
一分 = 2.5円
一厘 = 0.25円
一毛 = 0.025円
銭貨(1貫≒1,000銭)
一貫 = 25,000円
一文 = 25円
文、銭、匁(文目)は実は同じものです。
貫と貫文は同じですが、金貨分と銀貨分は別物。
これらとは別に疋という単位がありますが、
疋は口語通貨で「1貫≒100疋」という使い方をします。
でも文に対しては使いません。
口頭で例に挙げた100両と10文はそれぞれ1,000万円と250円です。
当時、蕎麦は一杯16文でしたから今で言うと400円くらいですね。
あ、そうそう「無限の住人」では風車一本4文(100円くらい)で売られてましたね。
通貨の頃合いを知っていると、より江戸が身近になるのではないでしょうか。
自分なりに1文25円で何が買えるかを覚えておくと暗算が楽です。
最後に金貨銀貨にまつわる雑学を一つ。
「金鍔(きんつば)」という和菓子は、元は「銀鍔(ぎんつば)」と言います。
京都から江戸に輸入された時に、銀より金の方が景気がいいという理由で金鍔に。
さすが江戸っ子、験を担ぎますね。
「銀色の鍔」という意味で、元々は鍔のように丸い形をしていました。
「江戸」というのは日本の面白い文化が凝縮された時代でして、いわば日本文化の集大成ですな。
ところで、時代劇でよく耳にする「百両」とか「十文」とか・・・
結局いくらなんだ?と思った事ないですか?
今回はそれを解明します。
江戸時代の通貨は、「西の金、東の銀」といいまして、
京や大阪では金が、江戸では銀が主流で使われていました。
また江戸時代で使われていた金貨、銀貨、銭貨を「三貨」と言います。
江戸庶民は銭貨が一般的で、銀貨を使うのは商売や役人など。
金貨→両、分、朱
銀貨→貫、匁(文)、分、厘
銭貨→貫、銭(文)
江戸初期では一両十万円ほどの価値があったので
これを元に現在の貨幣価値に直してみましょう。
金貨(1両≒4分≒16朱⇔4貫≒4,000文)
一両 = 100,000円
一分 = 25,000円
一朱 = 6,250円
銀貨(1貫≒1,000匁≒10,000分≒100,000厘)
一貫 = 25,000円
一匁 = 25円
一分 = 2.5円
一厘 = 0.25円
一毛 = 0.025円
銭貨(1貫≒1,000銭)
一貫 = 25,000円
一文 = 25円
文、銭、匁(文目)は実は同じものです。
貫と貫文は同じですが、金貨分と銀貨分は別物。
これらとは別に疋という単位がありますが、
疋は口語通貨で「1貫≒100疋」という使い方をします。
でも文に対しては使いません。
口頭で例に挙げた100両と10文はそれぞれ1,000万円と250円です。
当時、蕎麦は一杯16文でしたから今で言うと400円くらいですね。
あ、そうそう「無限の住人」では風車一本4文(100円くらい)で売られてましたね。
通貨の頃合いを知っていると、より江戸が身近になるのではないでしょうか。
自分なりに1文25円で何が買えるかを覚えておくと暗算が楽です。
最後に金貨銀貨にまつわる雑学を一つ。
「金鍔(きんつば)」という和菓子は、元は「銀鍔(ぎんつば)」と言います。
京都から江戸に輸入された時に、銀より金の方が景気がいいという理由で金鍔に。
さすが江戸っ子、験を担ぎますね。
「銀色の鍔」という意味で、元々は鍔のように丸い形をしていました。
江戸っ子はジャラジャラした鬱しいものは持ちません。
なので小銭は一日で使い切る。
それを「宵越しの小銭は持たぬ」と言います。
大きい額のものは貯めますが、小銭レベルは持っていてもしょうがない。
ならばいっそ使ってしまって心にゆとりを与えよう!という精神です。
お金に糸目を付けたって使わなきゃただの金属。
そして使わなきゃ入って来ないの!
例えば、財布に五百円あります。
あなたはこれをどうしますか?
貯めます?使っちゃいます?
仮に五百円を使います。
すると、五百円は無くなりますから、また稼ごうと思います。
では、貯めるとどうでしょう。
五百円貯まっているんだから、もう五百円分稼がなくてもいい。
どちらがより心にゆとりを与え、お金回しが上手いと言えるでしょうか。
「お金は天下の回りもの」と言われるように、
お金は世間を巡ってこそ価値のあるものなんです。
先にも言ったように、使わなければただの金属。
勿体ぶらないでどんどん使えば、
経済は活性化し、景気も上がる、給料も上がる、お金が増える。
この不景気を脱出するには、昔人の知恵が必要だということ。
国に頼る前に、自分たちの意識改革から始めないといけませんね。
なので小銭は一日で使い切る。
それを「宵越しの小銭は持たぬ」と言います。
大きい額のものは貯めますが、小銭レベルは持っていてもしょうがない。
ならばいっそ使ってしまって心にゆとりを与えよう!という精神です。
お金に糸目を付けたって使わなきゃただの金属。
そして使わなきゃ入って来ないの!
例えば、財布に五百円あります。
あなたはこれをどうしますか?
貯めます?使っちゃいます?
仮に五百円を使います。
すると、五百円は無くなりますから、また稼ごうと思います。
では、貯めるとどうでしょう。
五百円貯まっているんだから、もう五百円分稼がなくてもいい。
どちらがより心にゆとりを与え、お金回しが上手いと言えるでしょうか。
「お金は天下の回りもの」と言われるように、
お金は世間を巡ってこそ価値のあるものなんです。
先にも言ったように、使わなければただの金属。
勿体ぶらないでどんどん使えば、
経済は活性化し、景気も上がる、給料も上がる、お金が増える。
この不景気を脱出するには、昔人の知恵が必要だということ。
国に頼る前に、自分たちの意識改革から始めないといけませんね。
ひっさびさの「江戸を知る!」。
「ちゃきちゃきの江戸っ子」
実はこれ、江戸言葉じゃない。
なぜなら江戸っ子は自分たちの事を「ぇでっけ」というから。
「えどっこ」っつうのは他の国のもんが言う言葉でぇ。
他にもあんでぇ、
「川越」は「かあごい」
「渋谷」は「ひびや」
「佐渡」は「どさ」
「立川」は「たちかあ」「たちけえ」
「京都」は「けえて」「けえと」
「新宿」は「ひんじく」
とかになんよ。
江戸言葉が丁寧じゃねぇってぇのは嘘だな。
こいらはもともと客商売に使ってたもんだから
ちっとも乱暴じゃねぇわけでぇ。
おりゃあ、江戸言葉が好き。
そっちそこいらの方言が喋れんでぇ、
江戸言葉喋って何が悪りぃ、こんのべらんが。
「ちゃきちゃきの江戸っ子」
実はこれ、江戸言葉じゃない。
なぜなら江戸っ子は自分たちの事を「ぇでっけ」というから。
「えどっこ」っつうのは他の国のもんが言う言葉でぇ。
他にもあんでぇ、
「川越」は「かあごい」
「渋谷」は「ひびや」
「佐渡」は「どさ」
「立川」は「たちかあ」「たちけえ」
「京都」は「けえて」「けえと」
「新宿」は「ひんじく」
とかになんよ。
江戸言葉が丁寧じゃねぇってぇのは嘘だな。
こいらはもともと客商売に使ってたもんだから
ちっとも乱暴じゃねぇわけでぇ。
おりゃあ、江戸言葉が好き。
そっちそこいらの方言が喋れんでぇ、
江戸言葉喋って何が悪りぃ、こんのべらんが。
久々の江戸情報「江戸を知る!」ですw
今回は「天保時代」そのものの時代背景についてご説明します。
Viva Samuraiの舞台は天保時代です。
「天保(テンポウ)」は前号「文政(ブンセイ)」、今回は「天保時代」そのものの時代背景についてご説明します。
Viva Samuraiの舞台は天保時代です。
後号「弘化(コウカ)」を元号として、15年間続きました。
史実では「天保の改革」があり、江戸の三大改革と呼ばれています。
派手好きな江戸っ子には口がへの字になるくらい嫌〜な改革だったそうですが。
この改革では見世物や芸者、歌舞伎役者などが最も弾圧されました。
天保の西暦は1830〜1843、天皇は仁孝天皇、将軍は徳川家斉、徳川家慶です。
「天保」の元号の由来は「尚書」にある「欽崇天道、永保天命」で、
これより以前に平安時代の元号の候補にもなりました。
しかし、この字を崩すと「一大人只十(附き従う臣下はたったの十人)」となるので、
藤原頼長から猛烈にクレームが来たそうです。(考え過ぎです藤原どの。)
改元の理由は火事が多発した事、そして京で地震が起きた事。
この年には有名な大塩平八郎の乱、蛮社の獄、
偕楽園造園、大飢饉、そして天保の大改革がありました。
江戸三大改革:天保の改革、享保の改革、寛政の改革
蛮社:蘭学を活用した政治体制...を推進する結社
「欽崇天道、永保天命」:天道を崇し敬い、天命を永らく保て
江戸四大飢饉:天保飢饉、寛永飢饉、享保飢饉、天明飢饉
「天保」の読み方には幾つか説があるようで、
てんぽう、てんほう、てんぽ、てんほなどと様々です。
ただ、実代にどう呼ばれていたかを証明出来るものが無いので、
大概の元号は憶測だそうです。
余談ですが、日本で一番低い山は「天保山」だそうです。
名前だけしか天保と関係ありませんが。
ちなみに標高は4.53m、100円で登山証明書も発行されているそうです。
